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   先 々 週  の 説 教   

『聞くには早く、語るにはおそく』

ヤコブの手紙1章19節


     聖霊降臨後第16(三位一体後第15)主日 9/ 7/97

                             旧 約  イザヤ35: 3〜 7
                             使 徒  ヤコブ 1:17〜27
                             福 音  マタイ14:22〜33

                             賛美歌  164、404、366
 

 今日の御言葉は『聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい』と勧めています。この御言葉は、
私たちに“あなたは神様の御言葉を聞く耳を持っていますか”“あなたは口を謹んでいますか”“あなたの心には平安
がありますか”と問い掛けています。 

 人は誰でも、心に平安がある時には、人の話を怒らないで最後まできちんと聞くことができますし、言うべき事を穏
やかにきちんと話すことができます。しかし、心に平安がない時には、人の話にすぐ腹を立てて、すぐに反対をして、
自分の言いたいことだけを言って喧嘩になってしまいがちです。どちらが良いことなのか、そんなことは誰でも知って
いるのですが、心に平安がありませんと、『聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいように』するということ
がとても難しいことになってきます。そして、その結果、人との良い関係を結ぶことが難しくなってきますし、人との
良い関係を保つことも難しくなってきます。

 しかし、今日の御言葉は、ただ単に人との良い関係を結ぶためだけの勧めではありません。と言うよりも、むしろ、
人との良い関係に先立って、神様との良い関係を結ぶための勧めと言ったほうが正確でしょう。そして、神様との良い
関係を結ぶことに関しましては、人との良い関係を結ぶことよりもはるかに難しい障害が私たち人間にはあります。そ
れは、人は誰でも生まれつきには、神様の御言葉を聞く耳を持っていないと言う障害です。 

 今日の福音書に、耳が聞こえず、口のきけない人の耳をイエス様が直してくださったと言う記事がありましたが、そ
こで、イエス様に癒していただいた耳が聞こえず、口のきけない人とは、実は自分自身のことなのだ、とあなたは気づ
いておられたでしょうか。私たちは、誰でも生まれつき神様の御言葉に対しましては、聞く耳を持ってはおらず、従っ
て、勿論、神様の御言葉を人に話すなんて事もできないものなのです。 

 礼拝に初めて出席された方が、私の説教を聞いて、まるで外国語のようだったという感想をもらしたことがありまし
て、私はがっかりしたことがありましたが、良く考えてみれば、それは当たり前のことなのです。何故なら、その人の
耳は神様の御言葉に対してまだ開かれてはいなかったのですから。それは、ただ単に聖書に関する知識がなかったと言
う問題だけではありません。たとえ、聖書に関する知識、神様の御言葉に関する知識が豊富にあっても、聞いても理解
できない、あるいは、聞くことができないと言うことは起こります。説教が始まるとすぐに居眠りが始まると言う人が
おります。その人の耳はまだ開かれてはいないのかもしれません。あるいは、洗礼を受けた時には開かれたのに、長い
間怠けていて、せっかく開かれた耳が再び閉ざされてしまったのかもしれません。いずれにしましても、そういう人は
悔い改めて、閉ざされた耳を開いてくださいとイエス様にお願いしなければなりません。 

 しかし、勿論、神様の御言葉に対して耳が開かれると言うことは、神様の御言葉を聞いて理解できると言うことだけ
の意味ではありません。神様の御言葉を聞いて、理解して、信じて心に受け入れても、その御言葉を実行しようとしな
いならば、それでは本当の意味で神様の御言葉を聞く耳が開かれたと言うことにはなりません。いろいろな事情で実行
したいのだけれど、実行するのが難しいと言うことはあるでしょうが、その場合は別としまして、いつも喜んで御言葉
を聞くには聞くのですが、いつも聞きっぱなしで、聞いた御言葉を実行しようとしないならば、それは聞かなかったこ
ととまったく同じであり、場合によっては聞かなかったよりも悪いことになり兼ねません。 

 たとえば、今日の御言葉の勧めですが、『聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい』と言わ
れています。この勧めの意味は、例えば“人と話をする時には、まず人の話をよく聞きなさい。自分の言いたいことば
かりを言うことは慎みなさい。そして、すぐに腹を立てる性格を直しなさい”と言うこともあるでしょうが、それ以前
に、神様の御言葉に対して“自分の勝手な意見や考えや解釈を入れないで、まず、素直に聞いて、心に受け入れなさい。
それが難しいと思っても、それに腹を立てて耳も心も閉ざしてしまって、御言葉から離れて行ってしまうことは止めな
さい”と言うことと、“何事においてもまず神様の御言葉に照らして自分の進む方向を決めて生きて行きなさい”と言
う意味があると思いますが、この勧めが私たちの毎日の生活の中で実行されていなければ、私達は、本当の意味でこの
神様の御言葉を聞いたことにはならないのです。

 私は、いろいろな事情で“聞くには遅く、語るには早く、怒るには早い”性格でしたが、私の育った環境が、東京の
下町の場末と言うこともありまして、周りの人たちがみんな同じような性格だったようでしたから、人の言うことなど
は聞かないで、自分の思ったとおりだけをいったりやったりしていても、特別に困ると言うことがありませんでしたか
ら、それが悪いことだとは思っていませんでしたから、この御言葉を読んでも実際のところはあまりぴんとこなかった
のです。しかし、牧師と言う仕事に入りまして、この性格によって困ったことがいろいろと起こり始めまして、悩み始
めまして、相当に困った状態に追い込まれまして、それて、やっと、初めて、この御言葉の意味がしみじみと身に染み
てまいりまして、最近、ようやく、少しは人の話を良く聞いて、自分とは違った考えに出くわしても、自分の意見をま
くしたててしまうと言うことは押さえることができるようになりまして、昔ほどむかっ腹を立てると言うことも少なく
なって来たようです。年を取ったと言うこともあるでしょうが、しかし、この御言葉を実行しようと努め、聖霊の御助
けを祈り求め、それこそ真剣に『聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいように』する努力の結果、少しづつ
でも進歩できたと、今は、感謝しております。 

 私達クリスチャンは、本当に幸いなことに神様の御言葉に対しまして、耳が開かれ、神様の御言葉を聞いて、理解し
て、信じて、実行できるようにされているのですから、この恵みの賜物を十分に生かす生活を目指さなくては、もった
いない事です。油断をして、怠けていますと、いつでも元の木阿弥となりやすいのですから、神様の御言葉に対しまし
て聞く耳が開かれ、もつれた舌が解かれた私達は、その耳が再び閉ざされ、その舌がもつれてしまわないように、いつ
でもまず第一に、神様の御言葉に対して『聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいように』努力しなければな
りません。神様の御言葉に対してよく努力する人は、その結果としまして、神様の御言葉に対してだけでなく、どんな
人に対しても良い聞き手となることができますし、良い語り手となることもできますし、良い友となり、平安な関係を
結ぶこともできるようになるのです。そのようにして、私達は神様の栄光を人の前で輝かす事になり、その人を神様の
ところに導く事になるのです。 

 今日は少なくともこの御言葉をしっかりと覚えてください。そして、この1週間だけでも毎日この御言葉を自分に言
い聞かせてから一日を始めるようにしてください。それによって、きっとたくさんの神様からの祝福を受ける事になる
と思います。アーメン。

 今、この説教を読んでおられるあなたが、神様の恵みによりまして、イエス様を信じる信仰が与えられますように、 お祈りしております。イエス様のお名前によって、アーメン。

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